うれしはずかし、イサナ通信!

さよならだけが人生か?こんにちはだって人生さ!

Noise/松本優作監督

   

Noise/松本優作監督

200868日の昼時。一台の2tトラックが赤信号を無視して交差点に突っ込み、横断中の歩行者を次々と跳ね飛ばし、対向車線のタクシーに突っ込んで停止した。誰もが交通事故だと思った。しかし、トラックを運転していた25歳の男は、路上に降り立つと救護に集まった歩行者や警察官を次々とナイフで刺した。7人が死亡し10人が重軽傷を負った秋葉原無差別殺傷事件の始まりだった。

そのニュース映像は瞬く間に全国に配信された。まだ十代だった松本優作はその映像に見入っていた。死にゆく人々とその救護をする人々。殺す側と殺される側が、秋葉原という街で交錯する阿鼻叫喚を見つめながら、彼が思い出していたのは親友の自殺だった。まだ15歳という若さで逝ってしまった親友と、見ず知らずの人々の生き死にの間際の曖昧な線引きとが松本優作の中でなぜか響き合い奇妙な音色を奏でた。

なぜ、25歳の加藤智大は多くの人を殺さなければならなかったのか。なぜ15歳のあの日、親友は自分自身を殺さなければならなかったのか。殺す側でも殺される側でもかまわない。自分がそのどちらかに立っていなかった理由が松本優作にははっきりとは分からなかったのではないだろうか。いや、松本優作だけではない。いま、この国に生きていて、あのような事件の当事者に決してならない、と言い切れる人間がいったい何人いるだろうか。なぜ生きているのか。なぜ生きなければならないのか。誰もが明確な答えを持たない時代に立っている。

映画『Noise』は秋葉原無差別殺傷事件を克明に描いた作品ではない。むしろ、それはテレビのニュースやセリフで数回触れられるだけに止められている。しかし、この作品の真ん中に置かれている秋葉原という街は、現代を生きる人々の心の真ん中にぽっかりとあいた空洞のようだ。それは絶望と呼ばれたり希望と呼ばれたりしながら、驚くほど大きく口を開けたかと思うと、息ができないくらいに堅く口を閉ざしていたりする空洞だ。

その空洞は現代を生きるすべての人々の心の中にありながら、油断すると外側から一人残らず引きずり込もうと手ぐすねを引いている。25歳の加藤智大は、そんな空洞に首根っこをつかまれ、それを希望と思い込み積極的に加担した者に過ぎない。映画『Noise』の監督、松本優作は用心深く事件を取り込みながら、決して秋葉原という空洞に取り込まれないように演出を仕掛けていく。その手腕こそが、この作品の見るべき点であり、松本優作という次世代の監督の特長なのだと言えるだろう。

空洞の淵を歩くことは、現代を意識的に生きることだが、淵を意識すればするほど、人の生き様は不安定になり、その不安定さを描くときに、松本優作の演出は冴えを見せる。この作品の脚本で最も優れているのは、主人公の「美沙」を地下アイドルでありながらJKリフレ店で働いている、という設定にしたことだろう。

母を事件で亡くした美沙は地下アイドルとして活動しながら、「アイドルをしていれば、母に会えるかもしれない」という真っ直ぐで歪んだ気持ちを持ち続けている。そんな彼女に、いわゆる一般的な意味での希望はない。地下アイドルにしがみついていても、JKリフレでアルバイトをしていても、身体に纏わり付くのはどうしようもない嫌悪だけだ。

それでも、アイドルとしての名前を呼ばれることで美沙は生きている。オタクと呼ばれる男たちは、その名前を必死で叫ぶことで自分の存在をかろうじて認められ生きている。そして、彼らが「どんな世界にも笑顔があり、救いがあり、希望があるんだ」と思い込もうとすることで、世界の崩壊へのスピードは加速していく。実際の世界はそんなオタクたちの叫び声とはまったく無関係の正反対のベクトルへと動いているからだ。そんな黙示録のようなものを、映画『Noise』は僕たちに突きつけているのかもしれない。

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